この記事は2000年3月のものです。現在の内容と異なる場合がありますのでご了承ください。

INTERVIEW私のタクシー体験  
役者
松井誠さん

聞き手
名鉄交通会長 村手光彦

まつい・まこと

本名・中島充男。(なかしまみつお)福岡県大牟田市出身。母親が座長を務める「松井千恵子一座」で育つが15歳のとき家出、各種の水商売を経て25歳で「劇団誠」を結成。時代に即した新しい娯楽劇とショーの創造を目指している。その他アングラ劇の公園や、つかこうへい作「蒲田行進曲」、またNHK大河ドラマ「炎立つ」や「水戸黄門」への出演など、幅広く挑戦。歌手としても活躍する。

タクシーのいい空気の中にいると楽だし、豊かになります。

”生きる博多人形”といわれる妖艶(妖艶)な女形から。立役(男役)まで幅広くこなす大衆演劇のスター・松井誠さん。現在は中区・中日劇場で「権八小紫」の座長公演中で(3月25日まで)、2部では女形姿によるショーもたっぷり披露している。そのタクシー談には、感動の体験もまじえて−−。

目指しているのは長谷川一夫先生。

村手 中日劇場の公演を拝見しまして、男性役から美しい女形へ、その変身ぶりにビックリしました。

松井 ありがとうございます。お芝居の「権八小紫」はいろんな方が演じてらっしゃいますけど、今まではやさ男という感じだったんですね。でも私はちょっと強めの男にして。2部の女形のショーで、「あれ?さっきの権八がこの女性!?」と思っていただけるように。全然別人に見えないと、楽しくないじゃないですか。

村手 それはそうでしょうね。プロフィールを拝見しますと、「歌舞伎よりも美しく、吉本よりも面白く、新派よりも切なくありたい」とありますが、これをお考えになったのはご自身なんですか?

松井 そうです。歌舞伎にも新派にも、それぞれのよさがありますけど、私の目指しているのは長谷川一夫先生なんですよ。大衆の方々が心から楽しめるもの、それでいて質の高い高級感漂う演劇をつくられたのが、長谷川先生であり、藤山寛美さんであると。そういう役者になりたいと思ってるんです。

父親が危篤のとき、運転手さんに勇気づけられました。

村手 全国ツアーなどでタクシーをご利用になる機会も多いと思いますが、これまでに印象に残るようなことはございますか。

松井 私は父親を四年間に亡くしましてね。名古屋公演の危篤の知らせを受けて、夜中に北陸までタクシーで飛んで行ったんです。急のことでして、私自身、動揺もあったんですね。そういう状況を察しながら、運転手さんは違った話に気をそらせてくださったり、また父の思い出に浸っているときには、静かに運転してくださったり・・・・・・。

村手 気を使ってくれたわけですね。

松井 はい。北陸まで4,5時間だったでしょうか。おかげで動揺が段段おさまって、勇気づけられて、向こうについてからも落ち着いて対処できました。こういう機会でもない限り、なかなか伝えられないことですけどね。

最初の明るい一言が大事ですね。

村手 配慮の行き届いた運転手だったんですね。実は当社にも、感謝のお手紙をいただくことがあるんです。病院で降りたら、「大事にしてください」と運転手に言われたことで、非常に勇気づけられたと。

松井 そういう一言を言われると、うれしくなりますよね。

村手 そうですね。当社には”接遇の言葉”といって、自己紹介にはじまるいくつかの言葉が決められているんですけどね。本当はマニュアルを超えた言葉が大切だと思いますね。

松井 でも「名タクの○○です」と挨拶されると、やっぱり心地いいですよ。運転手さんとお客さんは初対面なのに密室のなかで過ごすわけですから、最初の明るい一言が大事だと思います。

村手 それはそうでしょうね。

松井 運転手さんはお客さんによって、話しかけたほうがいいのか、静かにしたほうがいいのか、一瞬で判断しなければいけないから大変だと思うんですけどね。でもタクシーのなかでいい空気をつくるのは、運転手さん。劇場のいい空気をつくるのは、我われ役者の仕事。いい空気のなかにいるとやはり楽だし。本当に豊かになりますね。

主役をやるとクセになります。

村手 「役者をやっていてよかった」と思われるのは、どんなときですか。

松井 舞台が出来上がるまでの作業というのは、スタッフや役者のぶつかりあいですよね。でもそれを超えて最後に喝采を浴びると、すごい感動ですね。今までの苦労が全部吹き飛んじゃいます。

村手 座長や主役ですと、責任が重いだけに感動も大きいでしょうね。

松井 そうですね。いろんなハプニングを乗り越えて感動を与える喜びというのは、主役をやっちゃうと忘れられないんですよ。

村手 私も一度、体験してみたいです。(笑い)

松井 クセになりますよ(笑い)。大変な思いはしているんですよ。主役ですと病気にもなれないでしょ。でも人間ですからね。昨年も全国を巡業していたときに、疲れがたまって体力がどんどん落ちていくんですよ。で、病院で検査したら、肝機能の数値が普通は40まで、600くらいで絶対安静というのに、私は2180までいったんです。

村手 ほおー。

松井 それで「即入院だ!」と言われたんですけどね。舞台に穴をあけるわけにはいかないので、注射を打ちながら毎日2回公演を続けたら、治っちゃいました。

村手 奇跡的ですね。

松井 お医者様にもビックリされました。お客様の感動が、大きな力になったと思うんです。それは10人で1000人でも、同じなんですね。私は何人いても、いつも一人のお客さまを大事にしていると思っているんです。
村手 なるほど。

松井 私が最初に始めたころは、無名だし、宣伝の予算もなかったし、幕を開けてみると300人の客席に5人とかね。でも1カ月、一生懸命やって、千秋楽の日には満杯になったんですよ。

村手 クチコミで広がったんですね。

松井 そうです。そういうお客様の力を信じてこれまでやってきましたから、一人ひとりが大事なんです。タクシーも、一人ひとりのお客さまが大事だという点では同じでしょうね。

自分が育った小さな小屋も、大切にしたい。

村手 これからも、いろいろな役のできる役者さんを目指そうと?

松井 ええ。自分自身の可能性を試していくのが楽しみです。自分でもわかっていない引き出しを、開けてみたいですね。

村手 今年はどんなスケジュールでいらっしゃるんですか。

松井 5月から劇団「誠」の全国ツアーが、2カ月ほどあるんですよ。後半にはまた大阪の新歌舞伎座で座長公演がありますし、あとはディナーショーとか・・・・・・。

村手 地方の小さな小屋と大劇場とでは、面白さも違うでしょうね。

松井 小さい小屋ですごくうけたお芝居が、大劇場ではシラけることがあるんですよ。それぞれの作り方が必要なんです。今は大きい劇場がほとんどなんですけど、自分が育ったのは小さい小屋ですからね。ファンとの触れ合いを大切にするような公演も、やっていたときの心が、自分の出発点なんだということを忘れないように。

村手 いいお話ですね。多方面でのご活躍を期待しています。