この記事は2001年6月のものです。現在の内容と異なる場合がありますのでご了承ください。

バックミラー
出会いのドラマを愉しむ

片桐 秀樹(北部営業基地)

 テレビが娯楽の王様ともてはやされた時代に育った。中学生の頃は、刑事ドラマに夢中だった記憶がある。

 床に落ちた一つまみの煙草の灰から人物像を推理したり、ちょっとした仕草や表情の変化も見逃さず、事件解決に結びつけていく。鋭い観察力に魅了されたのだと思う。

 その主人公たちが必ずといっていいほど利用したのがタクシーだった。シートにふかぶかと腰を降ろして行先を告げるときも、雰囲気があって、いや何とも渋かったのである。

 タクシーがあこがれの乗り物になってしまったのも、ドラマのおかげだ。そのあこがれの乗り物を、21歳のとき初めて経験した。就職して東京生活を始めた頃だ。繁華街に出かけるため思い切って奮発したのである。

 けれどもドラマの刑事みたいなわけにはいかなかった。颯爽と手を挙げようにも、第一流している車がいない。休日のせいで、タクシー乗り場も長蛇の列。2時間待たされてようやく自分の番がきた。行先を手短に告げて、あとはだんまりを決め込む。田舎者だとばれるのがシャクだったからだ。ドライバー氏も無駄口はたたかない。

 ところが降りる段になって驚いた。街の見所などていねいにアドバイスしてくれたのである。当方が新参者であることくらい、先刻ご承知だったわけだ。刑事なみの観察力といえそうである。

 地元に戻り、今度はこちらがハンドルを握る立場になったが、今でもあの体験をもとに、観察眼を磨くことをモットーに、仕事に向かっている。

 観察とは観て、察することだ。お客さまの表情や会話を通して、気持ちよく乗車していただくため、心配りを忘れないこと。なに、大層なことではない。出会いを楽しもうという気持ちさえあれば、自然に身についてくる。何気ない会話から大いに盛り上がり、肝胆相照らす仲になったお客さまもいる。

 一つまみの煙草の灰が思いがけないドラマの展開を生むように、一つの言葉が新しいドラマをつむいでくれるのである。

 一度刑事ドラマの雰囲気そのままのお客さまに出会った。これは間違いなしと、心得顔で「お仕事大変でしょう」と話を向けた。もちろん似ても似つかぬ勤め先だったが、その見こみ違いをネタに話が弾んだのはいうまでもない。やっぱり出会いは思いがけないドラマを生むのである。